蜆汁

戦争の砂漠が写り蜆汁 沢木欣一

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写生の話の続きで、テレビに映る花とか風景に季節を感じて詠むことをどう考えるのかというお話。
同人先生のご発言からこの話題になりましたが、テレビはその画像を撮った方の目を通して受け取ることなので、主宰は、「わたしはしない」という結び方をなさった。

その時に話にあがった沢木欣一の1句が、冒頭の句。
蜆汁にテレビの画面が写っているという句。
湾岸戦争の頃の作品だと言う。
湾岸戦争を映す画面に季節を感じたのではなく季節は蜆汁にある。
だから、この句は今回の話題の対象とは違うという説明だった。


そうそう、以前、俳句ポスト365に投句していた時は、動画や写真見て、その中に自分を投入して頭の中で影像を描き俳句を詠むのを楽しんだ。
兼題を深く考えて想像しながら詠む事が、それはそれで本当に楽しかった。

でも、今はしない・・・。
だって、自分の身をもって感じたままを読むのが楽しいから。

自分の思うように活動できなくなったら、また脳内吟行に戻るかも・・・。

でも、今はしない・・・・。
あとで読み返したとき、背景にいる自分を楽しみたいから。



主に、谷中・根津・千駄木界隈で俳句詠んでいます。

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Theme: 俳句 | Genre: 小説・文学

コメント

味噌汁に。。画面が映る?

テレビで菜の花畑が映っていたら 自分が見た「菜の花畑」を思い出す。
そしたら あまり 無理もなく。。詠めるような気もしますが。。そういう話では
無いのかも。。難しいお話です。

私は 思い出なら詠めると思う。けど 想像は。。詠めない人と 詠める人が
いるように思います。私は 詠めないタイプだったかなぁ。。

実景でも 想像でも。。なかなか 句材を掴めないとき 思います。
なぜ?なぜ。。心が動かないとダメなの?そんなコト考えたときは
俳句を止めたくなる。そうそう 感動する人間で無いので 苦労してます(笑)

2016/03/17 (Thu) 23:31 | 華子 #s1IOzH.I | URL | 編集
年齢のせいにはしたくないけど・・・

華子さん、コメントありがとうございます。


> テレビで菜の花畑が映っていたら 自分が見た「菜の花畑」を思い出す。
> そしたら あまり 無理もなく。。詠めるような気もしますが。。そういう話では
> 無いのかも。。難しいお話です。

そう、難しい話でした・・・。

菜の花の「思い出す」は、あり得る。
ただ、行ったこともないラベンダー畑ならどうなんだろうか?
ラベンダーの匂いは知っているし、それが畑になればこんな感じか?と想像できる。
詠むことは出来るけど、作品として後から読み直したときに、自分の感動がまったく無いことに気がつく。
これが、少し悲しいような・・・。

> 実景でも 想像でも。。なかなか 句材を掴めないとき 思います。
> なぜ?なぜ。。心が動かないとダメなの?

華子さん、結構色々な事に心動いているのでは?
「あっ」とか「あれっ」と思う、些細な気づき。。。
それがね、「後で俳句にするから忘れないようにしよう」と記憶して行くつもりが「あっ」とか「あれっ」と思ったことさえ忘れている。
これって、年齢のせい?
たまに、「あの時、なにか感じたよなぁ~」までは思い出すんだけど、それがなんだったのか・・・。
悲しい日々を積み重ねています。

2016/03/19 (Sat) 07:00 | おたまおばさん #2TS3CODM | URL | 編集

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