多喜二忌

地下鉄の出口は三つ多喜二の忌

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小林多喜二は1930年3月に上京後、作家同盟や文筆活動開始。
しかし、1932年3月24日の文化団体への大弾圧によって、地下生活をよぎなくされる。
各地を転々とすることになるが、その中で、4月10日頃から10日間ぐらい小石川区原町21番地(現在の文京区白山5丁目29番地付近)の木崎喜代宅に潜伏していた。

この潜伏地近くに、今は東京メトロ白山駅がある。
地上からの出入り口は3つ。
(あっ、今数え直したら4つだった。でも、俳句は三つのままにします(笑))

当時は、もちろん地下鉄などなく・・・。
でも、路面電車が通っていて駅はすぐ近くだったとか。
きっと、何かあったときの移動に交通の便のよい場所だったのだと思います。


潜伏場所と言われる所は、我が家からほど近く。
しかし、この写真はその場所ではありません。
(数寄屋橋交番前です。スミマセン)



主に、谷中・根津・千駄木界隈で俳句詠んでいます。

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Theme: 俳句 | Genre: 小説・文学

コメント

即かず離れず

> 地下鉄の出口は三つ多喜二の忌

逃走経路を思わせる適度な離れ具合、いいですね !(^^)!

2016/02/20 (Sat) 14:18 | 十志夫 #qHG4eVTQ | URL | 編集
忌日俳句

十志夫様

こんばんは。

> > 地下鉄の出口は三つ多喜二の忌
> 逃走経路を思わせる適度な離れ具合、いいですね 

ありがとうございます。
潜伏場所していた場所のひとつが近くだったので、どうしても、多喜二忌で詠みたかったのです。
去年は、うまく行かず再トライ。
我ながら、よい結果になったような・・・。

忌日俳句、十志夫様に教えていただいたように注意して詠むようにいたしますね。
ありがとうございました。

2016/02/20 (Sat) 21:25 | おたまおばさん #2TS3CODM | URL | 編集

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