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既視感、類想類句

本殿へ続く石段新樹光     おたま
夏草の奥にかつての秘密基地  おたま


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どちらも、きちんとおたまの脳内から出てきた俳句。
でも、句会に出してみれば既視感があるとか、類想類句とかのご指摘を。

自宅に帰ってから調べてみれば、確かにある!
この調べる努力はどこまでしないとダメなんだろう?

1句目の「新樹光」は、その後の別の句会で、季語以外ほぼどんぴしゃの句が登場した。
その作者に、そっとそのこと告げると、「どこそこへ言ったときに詠んだの」と。
「私もね、鎌倉八幡宮に行ったときに詠んだの」と。
「お互いに思い出の1句だから、大切にしようね」と話がまとまった。

自分では、どちらも自分の句として大切。
根底は、俳句は日記。
おたまなりの背景がある!!

表舞台に出さなければ、これはこれでOK?では?と。
既視感がとか類想類句がとか言われた俳句は、もちろん、大会投句や雑誌投稿はしない。
雑誌や何とか大会に出すつもりはないので、これはこれでおたまの句として手元に残しておきたい。
しかし、これも許されないのだろうか・・・??



表舞台に出そうと考えたとき、おたま句の問題は、たぶん、オリジナリティの不足なんでしょうね。
せめて三音分でも五音分でもオリジナリティを目指しましょう♪
と言う結論!!
Theme: 俳句 | Genre: 小説・文学

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