ホトトギス発行の地

句会への待ち合わせの前に、どうしても行きたいところが。
それは、ホトトギス発行の地です。
いつも、家族と神保町に来るときは、みなさんおたまを待ってくれないので写真が撮れない。
この日は、一人なので写真撮るチャンス。

ホトトギス発行の地は、神保町駅A5出口より5~6分ぐらいの場所にあります。
現在は、神田神保町一丁目4番地 クロサワビル。


20161110-1.jpg


高浜虚子は、松山で発行された「ホトトギス」を引き継ぎ、東京版「ホトトギス」として再出発させました。
明治31年(1898年)10月10日。
松山版を第1巻として、東京版は第2巻。
正岡子規は、俳句、句評、短文を9本も書いています。
9本のうちの1本には、子規庵の小さい庭を書いた文章もあったとか。
第2巻第1号は1500部も印刷して、さらに500部追加で印刷したというからすごいですね。


点を訪れる。
そして、点と点を繋ぐ・・・。
こんなこと、今、楽しんでいます。


彼一語我一語秋深みかも    高浜虚子



主に、谷中・根津・千駄木界隈で俳句詠んでいます。
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Theme: 俳句 | Genre: 小説・文学

コメント

語られてはっと気がつく冬うらら

こんばんは~、

そうでしたか。その雑誌ありませんでしたね、露天には。
丸ビルではなかったのでしたか~。。。

2016/11/10 (Thu) 20:35 | 写俳亭みの #701gxeB2 | URL | 編集
こんなところに

 丸ビルへ移ったのは、『ホトトギス』の経営が軌道にのって来た頃からでは、ないでしょうか。たしかその頃には、仕事場の丸ビルへ、虚子は鎌倉の自宅から汽車で通っていたのでしたね。

 句会は丸ビルでも自宅でも開かれていたようですが・・・。

2016/11/10 (Thu) 20:46 | 海音 #I9hX1OkI | URL | 編集
俳句てふ深みに嵌まり冬に入る

そうそう、鎌倉から汽車で通ってました。立子も一緒でしたか。
裾まくり上げてトイレに行くのを嫌がっていたのでしたか。
汽車の中でも選をしていたかな。
丸ビルの家賃は相当高かったような。だから句集500句が120円もしたのかな~。。。

2016/11/10 (Thu) 22:21 | 写俳亭みの #701gxeB2 | URL | 編集
記憶は覚束なしや冬の雨

みの様、お早うございます。
度々のコメントありがとうございます。

あの『ノボさん』によると、東京版1号はご祝儀で2000部も売れたらしいのですが、その後は苦労したようです。
この発行の時は、ここの住んでいたといいますが、その後は家賃の安い借家を探したようです。

神保町から、直に丸の内に移ったのではないと記憶していますが、どこだったか思い出せない。
海音様、みの様、ご記憶にありますか?
その頃、すでに鎌倉から通っていたと記憶しています。
でも、記憶も曖昧で、それを調べるのにどうしたらいいのかもわからないおばちゃんです。


> 丸ビルの家賃は相当高かったような。だから句集500句が120円もしたのかな~。。。

この『五百句』って、虚子の代表句集に入るんですね。
すごいお買い物しましたね。
このような本は、やはり神保町ならではでは?

2016/11/11 (Fri) 06:42 | おたまおばさん #2TS3CODM | URL | 編集
ホトトギス

海音さま、お早うございます。

>  丸ビルへ移ったのは、『ホトトギス』の経営が軌道にのって来た頃からでは、ないでしょうか。たしかその頃には、仕事場の丸ビルへ、虚子は鎌倉の自宅から汽車で通っていたのでしたね。
>  句会は丸ビルでも自宅でも開かれていたようですが・・・。

丸ビル、当時もお高かったのでしょうね。
そこで経営出来るなんて、高浜虚子の経営力に驚くばかりです。

恥をさらしますが、ホトトギス=子規とは、『ノボさん』を読むまで知りませんでした。
高浜虚子のホトトギスというイメージしかなかったので、この俳句の歴史にとても興味を感じます。

2016/11/11 (Fri) 06:49 | おたまおばさん #2TS3CODM | URL | 編集

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